Plusone653
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従業員ゼロ、止まった工場、先行き不透明なかまぼこ業界。M&Aの専門家からも「休業会社の再生なんて諦めた方がいい」と言われた。それでも、チームの一人の言葉が空気を変えた。「プロでも無理って言っているものを、素人が復活させたらすごくない?」そのひと言にみんな納得し、諦めるのをやめて活動を続けた。やがて活動は西日本新聞に取り上げられ、Yahoo!ニュースを通じて全国へ伝わった。すると関西の企業が承継に名乗りを上げたのだった。そうこうしている間に、林田さんは卒業を迎え、地元の物流会社に就職したが、最後まで見届けたいと支援活動を続けた。そして株式譲渡調印の日程まで決まり、復活まであと一歩という土壇場で新たな壁が立ちはだかる。工場近隣の住民から、騒音や油煙に対する不安の声が上がったのだ。話し合いは平行線。工場移転も費用面で不可能だった。結果、承継話は白紙に戻ってしまう。2021年、遂に吉開さんは会社の解散を決意したのだった。「結局自分には何もできなかった」と、林田さんは肩を落とした。そんな折、吉開さんから一本の電話が入る。「このまま終わるのは寂しい。私はかまぼこを作りながら死にたい」その言葉を聞いた時、これはもう仕事のレベルではない、人生そのものだと感じた林田さんは考えが変わった。「後継ぎを探す」のではなく、「どうすれば、大好きな吉開さんがかまぼこを作り続けられるか」なのだと。それからというもの、林田さんは工場近隣の家を一軒一軒訪ねていった。週1回、2か月間、ただひたすら話を聞き、課題を持ち帰り、解決策を調べて説明に行く。その繰り返しだった。すると、少しずつ住民側も変わり始めた。「その業者なら親戚を紹介するよ」「掃除のやり方を教えてあげる」。そして最後に、いちばん厳しかった近所のおばあちゃんがこう言ってくれた。「こんだけ解決したなら、もうかまぼこ作ってよかよ」2021年9月、休業から3年。遂に吉開の工場は再稼働した。3年ぶりに作った出来たてのかまぼこ。初めて口にした林田さん自身も衝撃を受けた。「なぜ、こんなに多くの人が復活を願っていたのかよくわかりました。これは絶対残さないといけないと改めて実感したのです」と、林田さん。その後、現在の親会社であるIT企業「フロイデ」が承継に名乗りを上げる。話は順調に進み、調印式は目前。その時、同社の社長から電話が入った。「私はかまぼこを作りながら死にたい」「社長は君しかいない」商品の特長や食べ方がひと目でわかるボードの前で31

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