Plusone653
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ボランティアを温かく受け入れ、見えてきた希望の光未来に希望をつなぐ「みんなの家」構想家4棟を管理し、移住者に貸している。中、同会では、地域住民と交渉して空き行政も仮設住宅を被災住民以外に賃貸できる目的外利用を認めるなど、住まいの確保に向けた施策に本腰を入れる。さらに教育の面では、小中一貫校である大谷小中学校の存続を前提に、教育に特色を持たせ、外部から子どもたちを迎え入れることができる仕組みが根づく未来を望んでいる。「先人が山や海で培ってきた暮らし方、そこで生まれた能登独特の文化や伝統を大切にし、住む人、訪れる人、関わる人すべてが安心できる地域をつくり、自然と笑顔が生まれるコミュニティの実現を目指したい。ぜひ、多くの人にこの場所を訪れてもらいたい」と重政さん。住まいと仕事、教育の三位一体で整備を進めながら、大谷地区は今、単なる復興を超えた、持続可能な新しい地域の未来を描こうとしている。絶望の淵から立ち上がった人々の確かな歩みは、能登の豊かな自然と文化を次の世代へとつなぐ希望の架け橋となることだろう。だが、絶望の淵に希望の光も見えてきた。同会が、住宅の泥かき支援などでやってくるボランティアの受け入れ窓口の役割を果たすうち、外部からやってきた若者の中に、大谷地区へ移住する人が少しずつ増えてきたのだ。「地域の方たちが自主的に前を向いて進もうとしている姿勢が共感を呼び、そうした人たちを温かく迎える地域の受容力も手伝って“関わりしろ”が増え、自然なかたちでコミュニティを育んでいったのだと思います」と重政さん。同会にそうした若者たちが加わり、茶会や食事会などの交流イベントが継続的に開催されるようになった。2025年には、コロナ禍以来途絶えていた「大谷鯉のぼりフェスティバル」や秋祭りが復活。復興への大きな一歩となった。それでも、復興に向けた道のりはまだ遠い。特に地域に活力をもたらす居住者の減少と、お金を循環させる来訪者の減少が大きな課題として立ちはだかっている。震災前に900人あった大谷地区の人口は、現在400人弱まで減少。特に小中学校の児童・生徒数は震災前の23人から4人にまで減ってしまった。その要因を探ると、住む場所、働く場所、子どもの教育など複雑な問題が絡まっている。そこで同会が日本財団などの支援を得て進めているのが、「ティグレ企業・経営革新支援事業『上田卓三賞』」でも提案のあった、地域のコミュニティ維持と移住・定住を促進するための多機能型コミュニティ拠点「みんなの家」の整備だ。「みんなの家」は、大谷小中学校の隣接地に年内に完成する予定で、カフェやスーパー、特産品の販売施設も同居する。いずれは、農家民泊のチェックイン機能、特産物を生かした加工食品の製造・販売ができる場もつくり、新たな雇用を生み出そうとしている。また、移住を促すには住む場所の確保も重要だ。多くの家屋が倒壊したことにより居住可能な住宅ストックが不足する土砂崩れがあった付近も復旧が進んでいる大谷地区を訪ね、寄付をしてくれた人たちの寄せ書き大谷地区の日常の生活を支える「みんなのスーパー」13

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