Plusone653
12/36

地震に追い討ちをかけるように襲ってきた豪雨災害どを担った。う回路が整備されると地区外へ避難する人が増えた。「金沢や県外に広域避難される方が多く、高齢で地域を離れたくないという方々を中心に残っている状況でした」。電気は3月、水道は6月にようやく復旧した。ひとまず初期の復旧のめどが立ち、6月になって市の担当者が、産業の活力や人のにぎわいを取り戻すための復興に向けた住民向けの説明会を行った際、いまだ復旧の話題しか出てこないことに重政さんは危機感を抱いた。「若い世代が戻ってこられるようにするためには未来の話ができる場が必要」と考え、20代から50代の住民たちを集めて、「外浦の未来をつくる会」を立ち上げた。その矢先、追い討ちをかけるように奥能登豪雨が地域を襲った。復興に向け描いていたシナリオが白紙となり、途方に暮れた。2024年1月1日、石川県北部エリアを中心に甚大な被害をもたらした能登半島地震。半島突端の北西部に位置する珠すず洲市大谷地区にある自宅の居間で、家族とともにくつろいでいた重政さんはすぐに外に出て海の方を見渡すと、潮が引いているのが確認できた。「後になって海底の隆起によるものだとわかったのですが、その時は潮が引いた後には津波が来るという東日本大震災の教訓から、すぐに家族を高台に避難させました」と当時の行動を振り返る。周囲では多くの家屋が倒壊しており、重政さんはすぐに下敷きになった人たちの救出に当たった。道路の寸断に加えて通信が途絶し、大谷地区は孤立状態に陥っていた。数日後、自衛隊が徒歩で到着し、物資が届くようになった。ひとまず命はつなげると安堵した。住民らは大谷小中学校(2016年に小学校と中学校が統合)に自主的に避難所を立ち上げ、重政さんも掃除や物資の受け入れな被災した家屋の修復を行う様子災害復興支援理事長理事長122024年1月の能登半島地震と、同年の9月に発生した奥能登豪雨は、石川県珠洲市の大谷地区に住む人たちの暮らしを一変させた。住民が地域から離れざるをえない状況を目の当たりにし、立ち上がったのが同地区で生まれ育った重政辰也さんだ。そこで、「NPO法人外浦の未来をつくる会」の理事長として、住み、働き、人が関わる場をつくって地域の活力を再び取り戻すべく、奮闘を続けている重政さんに、2025年「ティグレ企業・経営革新支援事業『上田卓三賞』」の特別事業の部において受賞された取り組みや、これまでの活動の歩みと未来につながる構想を伺った。外浦の未来をつくる会NPO法人外浦の未来をつくる会NPO法人NEWS 03重政 辰也重政 辰也能登半島地震から2年半大谷地区が紡ぐ復興と希望の物語

元のページ  ../index.html#12

このブックを見る