継承とはチャレンジそのもの現状維持は下降するだけ7 ― 一門のみなさんは、なぜついてこ―お父様が亡くなられた時、松也さんが一門を率いることになったわけですが、どんな想いでしたか。先ほど申し上げたように、自分は当時20歳で、大した覚悟もなく、技量も知識もない役者でした。一門のお弟子さんたちは父のもとで歌舞伎を学びたいと入ってきたわけですので、僕が教えてあげられることはほぼありませんでしたし、逆に僕が教えていただかないといけない状況でした。ですので、「他の先輩俳優さんに改めて入門して学ぶという選択肢もある」と話して、それでも一緒についてきてくれるかを彼らに選択してもらいました。その結果、ありがたいことに、僕と一緒に続けたいと言ってくれたのです。もちろん一門となると、師匠と弟子という関係になりますが、スタンスとしては一緒に学んでいくチームという感覚。そこから自分が考える理想のリーダー像にたどり着くまでたくさんの失敗を重ねましたし、一門からはいつも叱られっぱなしでしたね(笑)。られたのでしょうか。もちろん、父の人柄もあったと思います。あとは、僕の芸というよりも、歌舞伎界で置かれている逆境を乗り越えたいという僕の想いに共感してくれたのではないでしょうか。まだまだやりたいことはありますけど、その当時僕が掲げていた目標を一緒に達成していく姿を見せられたので、それは自分でも誇らしいところかなと。僕が歌舞伎で主役をいただけるなんて誰もイメージしていなかった中で、僕は必ずできると信じてやってきましたし、彼らも一緒に信じてそれを見たかったんだと思います。―お話を聞いていると、松也さんの新分野へのチャレンジは、新規事業へ進出する企業経営者と似ていますね。そうですね。僕が何もしなくても、普通に歌舞伎俳優として生きてはいかれるのかなとは思うのですが、自分がこの道を歩むからこそ、何もしないのはつまらないというのが根本にありました。やるからには、事業拡大ではないですが、大きくしないと、自分の歩んだことに価値があったと認めていただけないと意味がないと考えていました。あの時チャレンジしなければ、今の僕はないですからね。―最後に読者の方々へメッセージをお願いできますか。継承とはチャレンジそのものだと思います。現状維持では絶対に下降していくだけです。リスクを背負ってでも挑戦することで未来に繋がる何かが生まれてくると思いますし、時代によって求められるものは変わってきますので、現状維持ではなくチャレンジする必要があると思います。僕は今41歳ですが、チャレンジは年齢を考えてするものではありません。その精神を死ぬまで持つことが僕にとっての幸せであり、これからも持ち続けたいと思っています。尾上 松也歌舞伎俳優1985年1月生まれ。六代目尾上松助の長男。1990年に「伽羅先代萩 (めいぼくせんだいはぎ)」の鶴千代役で初舞台を踏み、子役として活躍。2015年からは若手が中心となる新春浅草歌舞伎において『魚屋宗五郎』魚屋宗五郎役等の多くの大役を勤め、2023年には、新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』にて主演のみならず演出も手がけた。歌舞伎以外でもテレビドラマ、映画、演劇、ミュージカルなど、ジャンルを超えた幅広い挑戦を続ける。様々な活動で得た経験を歌舞伎に還元し、伝統の本質を理解した上で新たな表現領域を切り拓く姿勢は、歌舞伎の魅力を次世代へ伝える担い手として多くの共感を集めている。
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